フリゾン・ロッシュの小説「ザイルのトップ」に現されたガイドの精神は今のガイド達も受け継いでいますが、現代のガイドは小地域に限らず、国単位で技術、科学的にかつ実践的に厳しく教育されていてフランスでは、政府によって資格が与えられています。

証明書類 同期、同班の仲間達

       フランス政府青少年スポーツ省発行のガイド認定証(左)と同省発行のプロフェッショナルカード(中央上)、フランスガイド連盟のガイド証明書、右の写真は国立スキー・登山学校研修時の同期・同班生達との卒業記念写真

 1995年
思うところがあってフランスの登山ガイド資格をとろうと決心して用意し始め、96年の冬にアスピランガイドのスキー・アルピニズム研修4週間をかろうじてパスすることができましたが、前期2週間は基礎知識として、山の自然生態と山岳気象、雪と雪崩れ等各スペシャ絵”ピオレリストの講義を朝から晩まで受け続け残り2週間でスキー・アルピニズムの実習、実地試験、筆記試験は自分が考えていた以上に厳しいものでした。同年夏の研修はどうにか6週間まで行きましたが実技は単位不足で不合格、試験は受けることができて合格しましたが、筆記の中の法律問題は、高山でのクライミング中に起きた複雑な条件下での事故の責任の所在ガイド、ジャン・ビラーについて、判例を交えて論文調で記さなければならないというもので、口頭諮問は、地質・地理は「ヨーロッパ・アルプスについて語れ」歴史は「第一次世界大戦と第二次世界大戦間のヨーロッパ・アルプスの登山について語れ」医学は「高圧バッグ(ガモウ・バッグの類)について知ることを語れ」,登山の一般知識では、「雪崩れの危険が大きい斜面をトラバースしなければならない時、リーダーとしてどうするか?」などの難問がありました。1996年は自分にとって最後のチャンスとして失敗した夏の実技研修に再度挑み、どうにか合格点を得ることができましたが、実地の授業は、生徒3人に教官1人という構成で2パーティーになって行動するもので、大きなエラーは即失格になるという1日1日が真剣勝負で、合格者のリスト張り出しの中デッサン”昔のガイド・助手・客”に自分の名前を見つけたときはしみじみとした幸福感にひたることができました。結果ですが、私はフランスで一番年寄りの新米ガイドで、日本人ではじめてフランスのガイド資格を取得したことになるようです。
 以上のように、フランスでのガイド資格は国が出すもので、この資格の所有者は一定のプロのガイドとしての技術、知識、経験を持っていて、これは個人の山登りの経歴とはあくまでも別の問題です.
例え
ガイド手帳。ポーターは客に同行した山名と彼に関
する所感をこの手帳に記入してもらう。これがガイド
に昇格するとき重要なポイントとなる
ば有名なフランスのアルピニスト、キャテリーヌ・デスティベルはハイレベルなプロ・アルピニストで輝かしい登攀記録を持ってはいますが、ガイドの資格は持っていないのでフランス国内では、ガイドとしての仕事をすることが出来ません。考えてみれば、人の命を預かるという点で医者は国の資格を持っていないと仕事ができないのと同じようなものかもしれません。個人の山歴だけで、ガイド宣言をすればガイドになれるということは許されないわけで、そういう点ではヨーロッパでは昔のガイドでも各村のガイド組合の中でガイド助手として客の荷物運び(ポーター)を経て成長した候補者をガイド達が協議して認めなければガイドになれなかったようです。 フランスの高山ガイド資格に関するご質問がある方はご遠慮なく

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